2014年12月29日

私の辞書に「やらなければならない事」なんて存在しない


 この世に絶対やらなければならない事など1つもないという事をあなたはご存知だろうか?つまりやらなければならない事というのは、自分かはたまた周りの人間、社会などが効率良く生きる為に作り出した産物にしか過ぎない。昔の私にあった「やらなければならない事」などもう今の私の中には全くないのだ。

 なぜなら効率的に生きる必要性が昔ほど「必要」ではなくなったからだ。今の私のような経済的自由を手に入れた人間に誰も「あなたは〜しなければならない。」などという人はいない。そんな人間が仮に周りの人間の中に居たとしてもまずそう言って強要してくる人間と親しい関係になる事はないしなろうとも思わない。

 私は他人の自己主張や意見などは参考としてきくが強要してくる人間とは次の段階でもう付き合う事はない。なぜなら私たちは基本的にみな違う考えを持った人間同士だと思っているし。無理に同じにする必要性などない。「あなたはあなた」であり「わたしはわたし」なのだ。これは普通な事であり自然体だ。なのに強要する人とつきあっていてはこっちがしんどいだけなのだ。

 国が、、、社会が、、、周りの人達があなたに「同じ考えになれ!!」とプレッシャーを与えているのだ。ほとんどの人達がそのプレッシャーを受けないようにする為に周りの人達と「同化」して生きなければならない。なぜか?それはそうしないとその国、社会、周りの人間のプレッシャーを受け続ける事になる。

 例えば。。。「学校へ行かなければならない。」「朝7時半に起きなければならない。」「家族と朝食を一緒に食べなければならない。」「会社へいかなければならない。」「宿題をやらなければならない。」「結婚しなければならない。」「勉強しなければならない。」「朝8時半にオフィスの掃除をしなければならない。」「明日仕事忙しいから今日は早く寝なければならない。」

 これらの「〜〜しなければならない」という事項はご覧の通り必要性にかかっている。4カ国語を喋れる能力と経済的自由を手に入れた私にこれらの事が必要だろうか??そう。。。全く必要性がないのだ。つまり私は特定の国、社会、周りの人間に依存しなくても完全に孤立して世界のどこでも生きて行けるから「〜しなければならない」という事が存在しなくなったのだ。

 なのではっきりいって無敵なのだ。周りに嫌われても全然問題ない。誰かに何かをぼろくそに言われても気にしない。なぜか?!それはその人達に「依存」していないからだ。といよりも依存する「必要性」がないのだ。もしわたしが誰かに依存して生きていかなければならない状態だったら「〜〜〜しなければならない。」事が日々発生してしまう。

 結婚したなら家族というユニットの中で「〜〜しなければならない。」という事項が生まれる。あなたが会社に依存しているなら会社との関係で「〜〜しなければならない。」という必要事項が生まれる。学校に依存しているなら学校規則や学校の中で起こるあらゆる「〜〜しなければならない」事項に縛られて生きる事になる。

 私は、周りの人間、家族、社会に縛られないどころか「国」という単位で縛られていない。日本という国に縛られていないどころか特定な国にさえ縛られていない。良く考えたらわたし程自由な人間がこの世の中にどれぐらい居るだろうか?と今ふと思った。

 私は34歳にしてついにそういう立場になっちゃったのだ。完全たる経済的自由を手に入れ4カ国語を自由に使いこなし世界のどこにでも居られる状態になった。成熟した大人になり完璧な自立と自由を手に入れた。明日私が朝起きてから寝るまで私がどこで何をしていても私に「〜〜しなければならないよ!」とプレッシャーをかけてくる存在は一人も居ない。

 私は今こういう記事を書けば書く程わたしが今いる立場や状況をさらにリアルに感じられる。だから書いているのだ。私は今世界でほんの一握りしか到達していないこの「自由さ」を握りしめている。今日も寝たい時に寝て。。。明日も起きたい時に起きてやりたい事だけをしようと思う。

 明日はのんびり起きてからどこか近くで美味しい朝食?昼食?を食べ、IT関係の親しい友人と適当に午後茶を楽しみながら会話を繰り広げ、その後家に帰って適当に休憩してからちょっとネット上で金なる木に水を加えるゲームをした後、YouTubeで最近はまっている音声や音楽をききながらゆっくり夕食をとる。。。

 私の日々の生活に「仕事上の悩み」「人間関係の悩み」などもはや存在しない。なぜなら「依存」していないから縛られる事もないのだ。今ほどわたしが自由を感じている事はなかったが、この自由な感じを深く味わった瞬間が過去に数回あった。その中の1つに。。上空4000メートルを飛行している機内の中での事だっだ。ふと居眠りをして起きた瞬間にどこか遠い異国から現実に戻された瞬間に味わった「自由」という感覚。

 私はちょうど「年齢的」にも色んな事に束縛されない感じなのだ。つまり若いと自分の両親や周りの友人などに束縛されてしまっている可能性もあるが私の年齢の友人層というのはほとんど家族を持ち始めているから友人からのプレッシャーというのが自然淘汰される。さらに言うなら今のわたしは歳をとっていないので体の故障もそんなに起こらない。

 実は今の年齢がほんというと知恵もついているし。。無駄な動きをする事もそんなにないから若いときのような不本意な事故を逃れやすいし病気で長い間寝込む事もほとんどない。

 だからこの自由さのゆえに。。私の辞書に「やらなければならない事」なんて存在しないのだ。










posted by 世界放浪異端児トシカズ at 04:04| Comment(0) | 私の辞書に。。。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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