2014年12月23日

控えめな人間は大損をこく


 日本人に特にみられがちなのがこの「控えめ」になってしまうという事。はっきりいって最初はどんどんぶつかっていった方がいいのだ。多くのぶつかった経験があったその後「控えめ」になるのは全然良いと思う。それは経験があるから何に対して控えめであるべきかが分かっているからだ。

 そんなに多くの経験がないのに控えめのままだと多くの場合自分のものにできず経験出来るチャンスを逃してしまう。私たちは新たな経験を積んで変化しながら生きているのだ。きっとあなたは私と同様に社会に適応するように周りの人達に教えられて来た。しかし私は嫌な事はしないし、理不尽だと思う事はことごとくはねのけてきた。

 例えば私が100人のグループと一緒に行動している時、あるイベントに対してとても嫌気がさし私だけ参加する事を拒否したことがある。周りの人達は「いいからやりなよ」的な感じでわたしは何度も拒否したのだがしつこく参加したほうが良いよとせかすのでとうとう私はそのグループから離れてその場を去っていった。

 これは、強要した彼らが悪いのではなく拒否したわたしが悪いのでもなくただ単に私が彼らと合っていなかっただけだ。99人が大丈夫だと思っていても「わたし」がダメなら私は絶対にその99人に合わせたりはしない。私は合せるぐらいなら永遠にその99人に会わない方が良いと思っている。

 なので私の拒絶の力は半端ないのだ。NOはNOでYESはYES。ただそんな私でも迷うときはある。それはその99人の中に1人だけ凄く信頼できる人が居てその人が誘った場合だ。私は自分が拒否したいけどその人に免じて誘いに乗る場合がある。しかしその誘いがよっぽど拒否したいものだった場合私はこう思うかもしれない。。。

 「こんなに信頼していた人がこんな事を勧めて来るとは。。。私が信頼していた人を間違えていた。」と。控えめな人だとこんなふうに思ったりはしない。その99人にとりあえず合わせた方が楽だと感じる。私は99人と合わせる事が苦痛だから断固として拒否するのだ。99人の為に私は自分の嫌だと思う気持ちを押し殺したりはしない。

 自分が納得するまでやればいいしその方が絶対後悔しない。自分が本当に悪かったとか間違っていたと分かるまでは突っ走った方が良いという理念だ。というか間違っていたとか本当に悪かったと思うのは「やった後」でいいのだ。そもそも突っ走っていたら本当に間違っていた事など自動的に分かっていくのだ。これこそが本当の勉強の仕方でありいち早く色んな事を吸収できるやり方なのだ。要するには「自分」が本当はどう思っているのか?が重要だ。

 99人がそう思っていても自分は違うよね?というこの「自分」の考えを大事にして欲しい。周りに合わせないと生存出来ない状態にいるならまだ自立が足りないのだ。それならまず周りに合せる必要をなくする為に最大の努力をするべきだ。はっきり言って私がここまで突っ走ってこれたのは周りの人達に合わせる事なくことごとく自分の考えを大事にして周りのききたくないような意見を断固としてはねのけてきたからだ。

 控えめのままで自分の生きたい様に生きてすごく成長している人など皆無に等しい。自分の生きたい様に生きるなら周りの人達に合せている場合ではないのだ。自分の基本スタンスを常に持ちどんなグループに今あなたが所属していようといつでも切り離して進んで行けるだけの肝っ玉が必要だ。

 周りに迷惑をかけてはいけない。。控えめであるべきだ。。と良くきくが確かに迷惑をかけるのはいけないと思うがあやふやのまま周りに合わせている方がのちのち周りにもっと迷惑をかける事になる。迷惑をかけるなら一度でいい。「さよなら」と言い放ちその場を去る。それぐらいの覚悟で生きられるならもうあなたは成功するしかない。実は結局損をしているのは控えめな人間の方なのだ。


 
posted by 世界放浪異端児トシカズ at 17:05| Comment(0) | 控えめな人間は大損こく | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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