2014年12月12日

愛に飢えながらも「自由」を究極に求めるマインドとは?



 こんにちは。世界放浪異端児トシカズです。






 2014年ももうすぐ終わりですね。。。





 
 そろそろ今年を振り返って、、、2014年は何を達成したのか?







 自分にとってどんな2014年だったのか?







 そして2015年はどんな年にしたいのか?どんな計画があるのか?









 わたしはこういった事を5年程まえから自分のノートをつけていました。










 しかし今年こういうブログを書きながら2014年が終わるとは思っていませんでした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここからちょっとあなたにきいて欲しい話〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 実は昨日親友である「T君」と話をしていました。
 






 というかほとんど私のぶちゃけトークだったのですが。。



 



 そのぶちゃけトークの後。。。彼が言った一言にインパクトがあったので








 それを紹介します。








 それは。。。。








 




 「愛に飢えているね。」








 なぜかその一言が心を突き通しました。
 


 



 親しい女性たちと自由に会い、親しい男性友人とも会いたい時に会ったりして








 自分が「愛」に飢えているというような状態だとは全く考えていませんでしたが。。。








 彼いわく。。。「愛」に飢えていないのならそういう行動はしない。








 ここでちょっとぶちゃけてしまうと。。。








 私はある特定の女性達といつの間に恋愛モードを繰り広げていたのです。








 私にとってその行動は「遊び」ではなく、








 
 わたしにとっては必要があったという感じだったのですが。。。








 よく考えると。。。確かにちょっと病的かもしれないと。。。








 恋愛病というか。。。昔からそういう気配はありました。







 つまり恋愛体質とでも言いましょうか。。。







 しかし問題は「意図」していないし、深い関係も求めていないのに








 まるでその気があるのかな?








 と思わせぶってしまう行動をいつの間にしてしまう事にありました。
 








 つまりわたしの親友いわくわたしは「女の敵」だと。。。


その女の敵となるプロセスとは。。。

 ー>その気にさせる/思わせぶる ー>相手のテンションが高くなる

 ー>相手の行動や発言が変化していくる 

 ー>相手が色々と期待してくる ー>こっち側に重い負担がかかってくる

 ー>急に引く/もしくは去る  最終結果ー>女性が怒る/なんでなんで?と悩む/悲しむ



 私はいつの間にこのようなパターンにはまり込んでいたのです。







 というか昔からはっきり言ってこんな感じでしたか今はもう完成系です。








 わたしならではの解釈では








 私はどうやら女性との真剣な付き合いとか結婚とかより先に









 「自由」を何よりも先に求めているのです。








 もし女性と一緒に居る事で自由が奪われてしまうのなら








 全く意味がないとさえ思えます。








 つまり人生=女性ではないし、、、人生=結婚ではありません。








 人生=自由 といったスタンスが世界放浪異端児トシカズなのです。








 もしこの「自由」であるという世界放浪異端児トシカズのスタンスがなくなるのなら。。。









 もし世界放浪異端児トシカズを保つよりもっと大事な人が居るなら。。。









 私は間違いなく自分を捨てる事が出来ると思いますが。。








 私はその世界放浪異端児を捨ててまでその人を守ろうとする








 その対象に出会えていないしそれだけの愛をまだ育める状態ではないと判断しています。









 私は完全なる「自由」や「安心」を何よりも優先する為に。。。
 







 自分の多くの時間を経済フリーになる為に。。







 犠牲にしてきたという重みを持っているのです。








 そしてそれに沿ぐわない人間関係をことごとく切り捨ててきました。








 この世の中では何か大きなものを求めるなら。。。







 必ず何かを犠牲にしなければならないのが事実です。








  
 つまり支払わなければならない代価があるという事です。








 私にとってその代償が今の経済フリーであり、目指す所が「スーパー経済フリー」なのです。
 








 私は数々の失恋を経験し、愛の育みを途中で断念して来ました。








 それもやはりどんなにきれいごとを並べても一種の期待であり縛りであると知ったからです。








 こんなぶちゃけトークをきいて私を嫌いになったらどうぞ私からお立ち去りください。








 私はあなた(読者)に依存している訳ではありません。









 私を理解してくれる人達や共感できる人達だけ一緒に共有してくれれば良いと









 思っているし、ききたくない人に話をきいて欲しいと期待しているはずもありません。








 そして私は自分が何を求めているのか?何が必要でないかがはっきりしています。








 なので私が追い求めているライフスタイルには絶対性があります。







 それはその絶対的なライフスタイルの為に多くの時間を費やして来たし。。。








 多くの時間を犠牲にしたりしてきました。








 私は海外投資家になり世界の国々を分析する生活をする事になります。
 






 
 イギリスで出会ったイタリア人マルコとしていたあらゆる分野での会話。。。








 シンガポールで出会ったイラン人のマメッドとの会話展開。。。。








 フィリピンのクラークで出会った個人経営者のルナシアさん







 あげればきりがありませんが。。。こういった人達とは。。









 普通に何十時間も話をしていました。つまり。。。なんでも話していたのです。







 
 「行き違い」だからこそ気軽に何でも話せてしまえるのです。






 
 お互いに近過ぎる関係だと期待が生まれてしまう為に








 どうしても依存的な関係が生まれてしまうのです。







 わたしはこういった親しい仲にも尊重しあえる仲間が欲しいのです。








 つまり結局依存を求めてしまうような関係は求めていないのです。








 すごく親しくなれるけど依存をし合わない









 そんな自立したマインドを持った人達といつまでも繋がっていたいと思っています。






 
 
 もし今あなたが周りの人に依存しているなら自立してください。








 特に男なら家族を守る為にも自立していないといけません。









 というかもちろん女性もですが、男性は女性よりも自立している必要があります。








 家族の中での「究極の自立」は、率先して家族を愛する能力だと私は思います。








 「愛」を一種の感情だけだと思っている現代人が多いですが。。。。









 「愛」「能力」だと私は思っているので、育まなければなりません。
 






 愛を中途半端に育んでいるあんたに「愛」を語って欲しくないわ!と思われる前に








 そろそろ今日はこのへんでストップしたいと思いますwww 



                     それではまた。









posted by 世界放浪異端児トシカズ at 14:47| Comment(0) | 愛に飢えながら自由を求める | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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